せっぱつまりこ’s blog

宮城県仙台市及び近郊を中心とした、東北地方の様々な情報について書こうと思います。

仙台の古層について、私が興味深く思うこと

先日仙台の古層、特に仙台藩伊達政宗が「城下町としての仙台市街」を築く前の仙台については、仙台駅よりも東側により強く影響が出ているということを書きました。

 

これについては色々と興味深いことも多く、特に仙台駅よりも東側は戦時中も爆撃を余り受けなかったため「焼野原」化しなかったこともあり、前近代の建物や街並みが(大規模な爆撃を受けた)西側に比べより残っています(なお、西側でも大崎八幡宮周辺などは焼け残っており、往時の建物・街並みが割と残っています)。

 

その中でも興味深いのが、「墓地」の配置についてです。

 

西側では、仙台市中心部といえるような場所には墓地がなく、中心部からはやや外れた地域に配置されています。

 

例えば、JR仙山線北山駅界隈などがそうですが、近世〜近代初頭には仙台市街の外れに近い地域であったり、あるいは仙台市街には含まれなかった地域に集中して寺院や付属の墓地があります。

 

つまり西側では、墓地は一種の「ネクロポリス」的なものになっているわけです。

 

一方、東側では仙台駅により近い場所でも、様々なオフィスや店舗、民家(マンション)などと寺院や付属墓地が入り乱れて配置されています。

 

つまり東側では墓地はネクロポリス化していない傾向にあるわけですが、このことを西側と対比しますと、明らかに西側と東側は「墓地」が異なる思想によって位置付けられていると解釈できます。

 

なぜそうなのかは、私はまだ知りません。しかし大変興味深いので、注意して見ていきたいものです。

 

2017年仙台七夕まつり簡易レポ

去る8月6〜8日、仙台市仙台七夕まつりが開催されました。今回は、それの簡易レポ記事を書こうと思います。

 

このブログでも何回か書いておりますが、今年2017年は仙台藩伊達政宗生誕450周年の記念の年です。

 

そのため、実はルーツを辿ると政宗時代に遡り、且つ彼自身も七夕に関する和歌を複数詠むなど「七夕文化」を仙台に根付かせた功労者でもあるということも念頭に置かれた、ある「仕掛け(という表現も正確ではないですが)」が、今年の仙台七夕にはありました。

 

それは、こうした札が仙台市中心部の商店街・アーケード街に飾られた全ての竹飾りに付けられていたことです。

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続いてこちらは、仙台市中心部のメイン商店街の一つ「一番町商店街」の定禅寺通りに面した場所に飾られた飾りです。

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他にも様々な飾りが溢れかえっていました。ただ残念ながら、最終日8日は台風のために様々なイベントが中止になったり、先の写真の一番町商店街などのような屋根の下でない飾りはビニールを被せられたり、早々と撤去されたりなどしてしまいました。

 

しかしそれでも、仙台、更には東北を代表する祭りの一つであるため多くの人々が仙台を訪れていました。

又、最近はいわゆるトラディショナルな七夕飾りだけでなく、現代アートを連想させる飾りが出ることでも、私は注目しております。

ちなみに今年は、こうした飾りでした。

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よりアップで撮影したのがこちらです。

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こうした「新型七夕飾り(私の勝手な命名です)」を見るのも、私にとっては仙台七夕まつりの楽しみの一つです。

【番外編】騎馬像でも仁王立ち

これ又拙ツイッターでも書きましたネタですが、個人的に気に入っておりますのでこちらでも書きます。なお完全な自己満足企画です故、その点はご了承下さい。

 

最近仙台駅の新幹線改札近くで、こんな広告を見ました。自動ドアなどのメーカーさんの広告のようです。

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何だか出入り口に立ちふさがっているように見えてしまい、思わず「(1本でもニンジン的に)騎馬像でも仁王立ち」というフレーズを思いついてしまいました。

【番外編】フラッシュモブ的な神輿巡行

これは拙ツイッターでも書きましたが、2017年7月28日の午後1時頃の仙台市中心部のメインアーケード街の一つ「ハピナ名掛丁」の光景です。

よく見ると神輿巡行が行われていますが、こうしたフラッシュモブ的な側面があるのも、地方都市ならではの(首都圏・京阪神でもあるかも知れないですが)面白さの一つです。

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仙台の古層に関する色々な物事について

ところで、仙台という街は戦国時代の終わり(江戸時代の極めて初期でもあります)に今の宮城県岩手県の一部を統治した領主であった伊達政宗仙台城を築城し、城下町を築いたことによって「歴史」が始まった、というようなイメージがあります。

 

無論現代の仙台市の原型が確立したのは、政宗による仙台城築城・城下町建設による点が極めて大きいといえます。

 

しかしながら、政宗以前の仙台(=古代〜中世の仙台)も、色々と興味深い点があります。

 

現在の仙台市の中心部といえるような地区(=宮城県庁や仙台市役所、藤崎百貨店や三越仙台店のような戦前からあるデパートなど様々な重要・大規模な施設・会社がある地区)は、JR仙台駅よりも西側に位置しています。これは、政宗青葉山仙台城を築いたことにそもそもの理由があることです。

 

つまり、JR仙台駅よりも西側にある地区の都市としての発展は、いわば政宗が仙台入りしたことによって始まったという面が強いわけです。

 

しかし実は政宗以前には、むしろ仙台駅よりも東側の地区の方が発展しており、実際、政宗以前の時代の史跡や古い歴史を持つ神社仏閣はこちらに多くあります。例えば、創建が奈良時代陸奥国国分寺は現在の仙台市営地下鉄東西線薬師堂駅の名の由来でもあり、そこから余り遠くない場所にあります。

 

そして更にいうと、政宗も城を築く場所の第一希望は現在の仙台駅の東側〜JR仙石線榴ヶ岡駅の近くである「榴岡(つつじがおか)」であった、という説もあります。実際、彼が晩年に住んだ「若林城(政宗の没後に取り壊されました。現在この跡地は刑務所であり、「古城(ふるじろ)」という地名が残っています)」は東側の地区にありました。

 

又、近世のいわゆる街道は西側の地区を通っています(芭蕉の辻など)が、古代〜中世に使われた街道は東側(現在の若林区役所や仙台市営地下鉄東西線連坊駅薬師堂駅などの比較的近く)を通っていました。

 

他にも、こうした「仙台の古層」に関する色々と興味深いことはありますので、これらのことについても、今後書こうと思います。 

いつになるかまだ不明ですが、もし書けたら書きたいテーマの覚書き的なもの

どうも、ご無沙汰しておりました。

今回は「いつになるかはまだ不明ですが、もし書けたら書きたいテーマ」の覚書きを書こうと思います。中には既に今までの記事の中で、「ゆくゆくは書きたいと思います」などど言及したものもあるかも知れませんが、ご了承頂けますと幸いです。

 

1.福島県郡山市に複数ある、「○○坦」系の地名について

福島県郡山市内には、「○○坦(だん)」という地名がかなりの数あります。

これはどんな意味なのか、どんな歴史的背景があるのか等々について、大変関心をそそられております。

 

2.「伊達政宗起源説」の数々について

宮城県の様々な特産品や工芸品、特に近代になる前からあったものの中には、「仙台藩伊達政宗が、経済政策の一環として当該の特産品を生産することを、藩の民衆に奨励した」などの通説が語られているものが、幾つかあります。

しかし、それらの中には歴史的にみると信憑性がかなり低いものが結構あります。

一方、こうした「物事の起源」に「歴史的偉人が絡む」タイプの通説は「偽史」というよりはむしろ一種の「神話」ではないか、という視点で見ることも時には必要ではないか、とも私は思います。

 

3.幻の仙台弁「すんどい」について

仙台弁の中には、非一般的な言い回しではありますが実は「すんどい」という言葉があります。

これは、近畿方言からいわゆる「共通語」に取り入れられて久しい言葉「しんどい」の転訛であることがわかっています。私は個人的にこの転訛が気に入っていますので、これについても書きたいと思います。

 

東北地方と春〜初夏のツキノワグマについて

今回は、若干今までと違うジャンルの話を書こうと思います。ただ矢張り、一応東北地方に関する情報についてですので、その点はご安心下さい。

 

これは東北地方を中心とする東日本でしばしば起こる事件というか事故なのですが、特に春〜初夏頃に山菜採りなどに山地に入ってツキノワグマに襲撃される事故が時々報道されたりします(なお、西日本ではツキノワグマの生息数は東日本に比べ圧倒的に少ないです)。

 

ところで先程ツキノワグマ、とさらりと書きましたが、現在日本列島に生息する野生のクマの仲間には2種類あります。北海道に生息するヒグマと、本州・四国に生息するツキノワグマです。なお、北海道と東北地方北部は海に隔てられているとはいえ近いですが、自然の状態でヒグマとツキノワグマが入り乱れているということはありません(これは「ブラキストン線」のためです。もしご興味のある方は検索なさるか、本などをお読み下さい)。

 

本題に戻りますと、先程ツキノワグマ襲撃事故の例で挙げましたような、春〜初夏には山菜採りに山地に入った人々が襲撃される事故が起こりやすい、というように、季節によって起こりやすい人的・農作物的な被害は異なっています。

 

その大きな理由は、一つにはツキノワグマが余り植物の繊維を消化できないことにあります。そのため植物の繊維が余り硬くない春〜初夏には山菜や新芽をよく食べ、植物の繊維がより硬くなる夏場には果実や蜂蜜などを多く食べるわけです(夏場に農作物の食害が多くなる傾向がありますが、それも、このことに理由があります)。

 

要するに「山菜の旬」の時期は、人間にとってだけでなくツキノワグマにとってもそうであるため、こうした事故の深刻な原因になってしまっているわけです。

 

なお仙台市では、こうしたサイトも運営しているため、大変参考になります。

ツキノワグマ対策について|仙台市

http://www.city.sendai.jp/kankyochose/kurashi/shizen/petto/yase/higai/documents/doctorbear.pdf

せんだいくらしのマップ クマ出没情報マップ | ご利用上の注意